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佐伯市の中心商店街

商店街の様子パノラマ写真

このページでは最近数年間の街中でのイベントや佐伯市中心街の様子をパノラマ写真で掲載いたします。
下の写真やリンク文字をクリックして別画面を開いてご覧下さい。

2013年大手町にあった西田病院跡地が更地になりました 当日のブログを見る

2013年6月13日撮影 更地になった西田病院跡地

2013年6月13日撮影 割烹山城屋屋上から1

2013年6月13日撮影 割烹山城屋屋上から2

2013年6月13日撮影 割烹山城屋屋上から360度

今の船頭町

大手前商店街で大火

倒産した頃のスーパー寿屋

倒産した寿屋1階での夢市場

解体されたスーパー寿屋跡地

寿屋駐車場跡地まちなか夢市場の出店の様子360度

大舟盛り

舟盛りイベント会場

舟盛りまつりの出店

2005年撮影 管理人の店(婦人服店)前

管理人の店前360度

仲町でのイベント

管理人の店は閉店しました、イベントで店を使用した時の風景

仲町で「食と観光のまつり」開催

仲町プラザで商店主と県知事の県政ふれあいトーク

仲町プラザで子供相撲大会

仲町商店街で神楽

仲町商店街裏の新町通りでのイベント

新屋敷通り

1998年(平成10年)郊外に大型ショッピングセンターが出来た事は、今までの中心商店街にとって大打撃でした
約二十数年前に当時の通産省は補助金を出すからコミュニティ事業を始めろと商工会議所を通じて
熱心に指導してきました、結局商店街はその話にのり、今後の生き残りをかけ「仲町プラザ」という
コミュニティ広場と立体駐車場を国の高度化資金を借りて建物を建てたのです。
借りた高度化資金は約2億円、私の店だけで約600万円の高額な借り入れ金です。

ところが「コミュニティ事業」が完成して数年後、郊外に大型ショッピングセンターが出来る話が持ち上がりました、
もちろん私たち商店主は大型店反対の運動を始めました、市議会にも大型店出店規制をしてもらうよう
市議会に議案として提出したのですが多くの市会議員は出店反対には非協力で結局、
特定農振地区指定をあっさり市は解除してしまい田んぼを埋め立て大型店が開店してしまいました。

新しく開店した大型店には 私の店の取引先子供服メーカーがすべて直営で出店しています
これでは小さな子供服店など続けるのは不可能です、結局大型店の開業と同時に私は
1998年に子供服店を廃業したのです。  2005年には婦人服店も完全に閉店しました。

結局する事がなくなりホームページでも立ち上げてみようかと、「パノラマ写真で見る大分県」
立ち上げた事が今のホームページを作った一番の理由です。
それまでは商売で忙しくて大分県の事を何も知らなかったのです、これから大分県内すべてを見て廻ろうと
決心したのでした。

他の店も営業が行き詰まり倒産したり、破産してしまい、大手前にあった大きなスーパー寿屋も
閉店して 仲町商店街では当時75店舗くらいあった店も今や20軒あまりとなってしまいました。
店をやめても破産者ではないので今も私たちは高度化資金を返済し続けています

2005年こんな案も考え提出したのに市議会は否決しました

2005年元宇目町町長の小平氏が 佐伯市の将来を考えて寿屋跡地の利用方法や
少なくなった仲町商店街の店を大胆に片方に寄せて片側を取り壊し 中央通りをその分
広げて 公園化しゆっくりと買い物ができる場にしようと案を作り
当時小平氏は市会議員であり議会にも出しましたが これは簡単に見送られてしまいました
もうこの案の数年前から 私たち当時の商店主だけの間でも 今から半分は片側に寄ったら
という考えもあったのです

私はヘリコプターに乗って 佐伯市の写真を撮っていますそれが下の写真

この写真を元に 私の従兄弟(大分市のドムスムトウ)に小平氏個人が描いてもらったのが下の計画図
物産館(道の駅)のようなものもあり駐車場や公園もあり商店街は北向きですから 日も射さず
片側だけの商店街でいい案だと思うのですが 市議会では否決

城山登り口にあるこの城下絵図原図も私の従兄弟に描いてもらったものです

下の大入島架橋の予想図も従兄弟が描いています

平成20年12月22日 佐伯市議会では歴史資料館候補地買収案を否決

下の写真は密命ツアーの準備中 池彦前での写真

佐伯市が歴史資料館の候補地として検討している旧料亭「池彦」を買収する議案が
市議会で19対20の結果で否決されてしまいました
「池彦」は最後の佐伯藩主「毛利高範」の邸宅跡で歴史的価値が高い建物です

大手前の商店主たちもこれにはがっかりしています。
佐伯市には現在国木田独歩館平和祈念館がありますが入場者は少ないようです。
財政難のなか反対意見も当然あるとは思いますが、佐伯市は城下町ですしこの場所は櫓門そばで
歴史と文学の道にも選定されている歴史ある一番重要な場所です、
佐伯市に当然あってしかるべき矢野龍渓記念館さえもありませんし、美術館も
佐伯市にはありません、ここは佐伯市が押さえておく一番重要な場所ではないかと思います。
本当に佐伯市の発展や市民の事を考えているのだろうか、市議会などにはいつも疑問を感じます。

平成20年の年末になり大手メーカーなどが請負会社の組み立て業務の契約を解除したり派遣従業員の
首切りをする事で今 年末に働くところもなくなったり住むところも無くなる人がたくさん出てきました。
このように 誘致した企業は悪くなれば地元の事などおかまいなしです。
多分佐伯市に出店してきた大型店舗でも 経営不振になればさっさと店舗を閉鎖して
出て行くに違いありません。

出店してきた大型店は営業時間が長いのでパート勤務という勤務体系を取っています。
それに比べ地元の中小企業は家族経営みたいなもので従業員を家族同様に一番大事にしてきました
充分な賃金も支払っていました 私の店の場合も従業員にはみな退職金も掛けて、辞めさせた時に
200万円以上の退職金を支払った従業員もいます、外から出てきた大型店は福利厚生や
そのような退職金制度にさえ加入してもいません。

大型店出店により多くの商店は従業員ともども消えて行き佐伯市の人口は流出しました。

また 他所から出てきた企業の支払う税金は本社で納税しますから地元には落ちません、このような事を
考えれば地産地消というか 為政者は地元の企業をいかに育てるか地元の商店で買い物をし
地元の商店が頑張れるように手助けする必要があると思います。

このページは平成20年の12月に更新しています。


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